2011年6月30日木曜日

かわいい訪問者

 夏の夜、ひっそりと訪ねてくるものがいる。
 さびしい一人暮らしのやまさん、そいつを見るとかわいいと思う。

 その姿を嫌がる人もいるが私はほほえましく迎えてやる。
 迎えてやるといっても玄関からどうぞ、というわけではない。

 気が付くと台所の窓のガラスにピタリと張り付いている。
 ときどき、のそっと動くが、蛾などが近くにとまると動きは素早い。

 今夜もやったきた。腹をみせ吸い付いている。
 明け方、外から見たことがあるが、灰色の体をしていて、目がつぶらでかわいい顔をしていた。

 ヤモリである。爬虫類のになぜこんなにかわいいのだろう。
 もしかすると一億年以上前、この種類から哺乳類が進化したのではあるまいか。

 毎晩同じようにやってきて台所の窓に張り付いている。

ゲンタとデンコとおやっさんの鼎談 暴論・教育的大停電

本日もまたまたゲンタ君とデンコちゃんに言いたい放題、暴論を述べてもらいましょう。今日のテーマは「教育的大停電」 うわ~、問題の多そうなお話となりそうですね。ともかくお二人に登場いただいてさっそくはじめてもらいましょう。あ、そうそう、今日はやまさんも参加します.
                           
毎日暑くて死にそうですわ。クーラーのない生活なんかもう考えられませんが、今、原発廃止とか節電とか、世は騒がしくなってます。今後、クーラーのない炎熱地獄の生活になりはすまいかと心配しています。
 主に2つのことなんです。一つは思わぬ停電で全く使えなくなること。もう一つは電気料金が高騰して私のようなビンボー人は使いたくても使えなくなることなんです。どうでしょうか? 
今すぐどうということはありませんが、将来に向かって徐々にその2つは悪化していくでしょうね。停電は極力起こらないように努めると思いますが、節電は常態化し、電気の質(電圧、周波数の安定)も悪くなるかも知れません。
 料金も確実に高騰を続けるでしょう。僕がまったくこの日本からいなくなったら、そうなるでしょうね。
あたいとゲンタはよく喧嘩するけど、その見通しについては同意見だわ。原子力事故の影響で日本の皆さんはあたいとゲンタの中を永久に割こうとしてるけど、もし、ほんとうにゲンタと手を切ったら、皆さんに、たとえ高価でもいいといっても、いついかなる時でも安定的に電力を供給できる自信がないのよ。
待ってくださいよ、今、自然エネルギーの有識者とおっしゃる方がたくさん出てきて、再生可能エネルギーでもって原発のすべてを代えれば問題ないといってバラ色の将来を語っているじゃありませんか。ここは将来の子孫のためクリーンなエネルギーにすべて切り替えたらどうでしょう。デンコさん!すっぱりゲンタと手を切って自然エネルギーと結びつくのがいいんじゃありませんか。
あんたね~、自然エネルギーがいいいいっておっしゃいますがね。いざ、結婚となると女はまず男に生活力を求めるものなのよ。自然エネ!フン!はっきり言わしてもらやあ、そんなやつインポ男だわ。

ちょっと、ちょっと、デンコはん!公のブログなんだからお下劣な言葉はやめてくださいよ。つまりこういうことでしょ、自然エネはあなたを満足させられるだけの電力を供給できないと。まあ生活力や精力と比較するのもわかりますが。
しかしそこはそれ、以前のあなたの配偶者(いったいこのデンコ何回離婚したのだろう)であるご老体の火力発電さんにもご登場願い、自然エネらと組み合わせれば何とかあなたの要求に応じられるのじゃないでしょうか。
みなさんゲンタの欠点ばかりあげつらいますけどね、私から見ればあいつほど頼りがいのある男なんて今のとこいやしない。一千メートルの北極海の深海でたった一人で黙々と膨大なエネルギーを出せる男なんている?原潜のゲンタなんか2年間、燃料入れ替えなしで食うや食わずで地球を何周もしてるんですよ、そんな芸当自然エネとやらにできる?
 第一、お笑いなのは、自然エネの太陽発電!ちまちま蓄えりゃいいってもんでないよ。夜は全然だめだそうじゃないか、だからインポ男、
 あたいのようにね、両肩に日本がのってるお姐さんにはね、きれいばかりで力のない男なんかお呼びじゃないのさ。
 多少汚かろうが臭かろうがね、あたいは力のある男じゃなきゃ嫌なの。
なんかいつもと違ってのろけを聞かされているようだけど、でももし国民の大多数が原発の全面廃止を選択したら、それはデンコさんもゲンタ君も受け入れざるを得ないのではないでしょうか。お二人の愛憎だけで事は進まないでしょう。ゲンタ君はどう思いますか?

僕もあんな事故を起こしているから、もし、皆さんが僕に消えて欲しいと思うなら受け入れようと思っています。ただ、本当に冷静に先の見通しをもって判断してくれているか、ちょっと疑問なんです。先の見通しとは、安価な電気を放棄してよいのか、これから原子力発電技術も放棄するのか、ということです。
 自然エネを僕に代えることについては、デンコさんと違い僕はそれはありうるだろうと思っています。ただし、高価になるばかりではありません。それに伴いエネルギーの格差が出てくると思います。
 つまり、低所得者は電気を使いたくても使えない状況がやってくるかもしれないのです。電力使用が高額になるばかりではありません。たとえば太陽パネル、大容量のの蓄電池などが家に設置できる人はいいでしょうが、そうでない人は少量の電気をうんと高額で買うことになるのです。
 また、原子力技術については日本が撤退すれば米、仏、中、ロが中心になるでしょう。恐れるのは2つです。どこの国とはいいませんが、安価で安全性を無視した原子炉をどんどん発展途上国に輸出され、日本以外で容易に事故を起こすかもしれません。それは日本のすぐ隣かもしれませんよ。そのためにも日本の安全な原子炉づくりをもう一度発展させてほしいと思うのは無理なお願いでしょうか。
 二つ目はこの技術の発展展開の上に次世代の原子力発電「核融合炉」があるということです。技術の発展は何もないところにポコッと出てきたりはしません。積み重ねがあってこそ次の展開もあるのです。人を月に送ったアポロ計画の基礎は第二次大戦中のナチのV-2号戦略ロケットにあったのはごぞんじですよね。
 これらのことを冷静に見極めたうえで国民が判断するなら、僕は喜んで消えます。
なるほどね。もっともな考えと思います。ビンボ人のやまさんは、電気料金の高騰なんて大反対。最近、マスコミでもてはやされてる原発反対派のひとってビンボ人のことを考えてくれてるのかな。
家で太陽パネルだの、蓄電器だの、断熱材入りの省エネモダン住宅だの言っても、
 「そんな、金、どこから出るんじゃ」
ですわ。
 実のとこね、本音をいえば今のままの電気料金を据え置いてくれて、今まで通りたっぷり使わせてくれるなら、原発はなくさない方がいいと思ってたんですよ。
 よく、ほら、原発反対派の人が言うでしょ
 「そんなら、おまいとこの横につくれるかって」
 やまさんなら、同意します。もちろん今までのようにたっぷり金もらえば。割増くれるなら、なんなら原子炉建屋の上でカンカン踊りをしてもいいですよ。
どうやらみなさん原発賛成でまとまりそうですけど、世間はそうはいかないみたいですね。そこでね、わたし、ある計画をしてるの、名付けて
「教育的大停電」
それで世の人々を啓発してやろうと思うの。もちろん人の手も人の意志も働かない偶然の産物だからテロじゃないわよ。あたいにはね、そういう力は備わってるの。

 真夏の猛暑の夕方。そして甲子園の決勝とAKB48の2回目総選挙が重なり、TVやクーラーの使用で電力消費はうなぎのぼり、
 折から、関東南部で発生した巨大雷雲が猛威を振るい、今までにない落雷で10を超える変電所が損害を受けた。
 電力会社の巨大コンピュータは送電ネットの変更・確保、稼働可能な発電出力をMAXまであげて必死で調整したが、ついに、安定調整に失敗、瞬時に電圧低下と周波数の発作的な変動が起こった。
 送電の致命的な変調に対し大口需要設備(工場、大施設)は自分を守るため、受電の遮断を始めた。この需要の急激な変化に対し、送電も対処しなければならないが、限界を超えた調整能力のため、あっという間に負のフィードバックが起こり、
 「南関東大停電」
 落雷は鉄道の変電所も狙ったため、電車も含め、電気はすべてストップ。一切電気は使えなくなった。
 熱帯夜どころか真夜中でも30度を下がらない恐怖の夜が訪れた。

 電気のない原始生活、何より東京の焦熱地獄から解放されたのは24時間後、それも中心地のみで制限付き、
 人々が原発を止めたのは早とちりだったのではないかと思い始めたとき
 映ったTVから第5次中東戦争が始まったとの臨時ニュースが流れ、即座に市場の石油、天然ガスは超高値になった。
 もはや原発再稼働以外にこの事態に対処できないことは明らかだった。
 某保守政党は「原発賛成」をかかげ倒閣運動を起こすことを決意した。
 とまあこういうシナリオだけどどう?
   デンコさん!お願いだから過激なことはやめてくださいよ。やっぱり、ゲンタとの中を無理に割こうとすると怖いことになりそうだなあ
                           

そうよ、あたいは「八百屋お七」、いざとなりゃ、恋しい男のため火付だってなんだってしますよ。

朝から暑いね

 とりあえず電気ガマのスゥツチをいれ、コーヒをたてたが、朝から暑くて、味噌汁を作ろうと思っていたが作るのも食べるのも暑いのでやめることにした。
 安易に卵かけご飯にしようか、パンとコーヒにしようか迷ったが、後者にした。卵は放っておいても時間がたてばできるゆで卵にした。

 今は曇っているが今日も32度以上にはなりそうである。

 せめて朝のうちに作業を済まそうと思っているのか、ごみ収集車もやたらとはやい。近所の電信柱に登っている電気工事作業員も朝から見かけた。

 内勤は省エネとはいえクーラで楽だがこの暑い中、外での作業は大げさでなく、ほんとに殺人的だなと思う。

 爺さんの失業者で比較的求人が多いのが交通整理ガードマンと聞くが、この時期大変だ。わたしもとりあえずの求職の候補に少し考えたこともあったが、一日もしないうちにぶっ倒れるだろう。
 ホントにご苦労さんである。

 涼をもとめてどこか行きたいが「おあし」がない。

 あの世とやらは涼しいのだろうか。昨日、新書の「地獄と極楽」を読んでいたら、地獄には8つもの段階地獄があって、大半は火で炙られる地獄のようだ。
 強制禁欲でサディストの坊主どもは、よくまあこれだけと思われる想像の地獄を作り出したが、何がもっとも苦痛かでいえば、火、火傷、燃やされる苦しみだろう。だからこれでもかというぐらいに炎熱・焦熱・無間地獄を考え出したのだろう。

 「この世もあの世もろくなものじゃない」

2011年6月29日水曜日

疾風怒濤の青春 苦悩・葛藤の青春 所詮は小説・映画

 一週間ぶりに夜のウォーキングに出た。前回と違い、今夜は暗闇にも熱がこもる真夏の宵そのもの。歩道でさえ9時過ぎてもまだ暖かい。これからも歩きは続けようと思うのだが、先が思いやられる。
 暑いせいか、ウォーキングの人も少ないようだ。

 家から2キロほど行ったところにビデオ屋がある。借りても借りなくてもそこまで歩いて、ちらりと中をのぞき、また引き返す。往復4キロの歩きだ。
 中を見るといつも貸出し中になっていた見たいビデオがあったので105円をだして借りて帰る。
 「ノルウェイの森」 最新作である。

 今まで青春の苦悩・葛藤を描いた作品で賞をもらうようなものは網羅的に読んだ。そして映画化された作品も見た。
 そうさせた理由は単純である。
 つまり私には小説や映画の題材となるようなおしゃれな苦悩も葛藤もなく、映画の主人公のような格好よさもなかったからである。

 「いったいあのような自分にはない青春を生きるということはどのようなことなんだろう。小説や映画の中だけでもいいから、主人公の青春をなぞってみたい。」

 ね。単純でしょ。

 全部は挙げきれないが

 70年 「赤頭巾ちゃん気をつけて」 庄司薫原作 岡田裕介主演
 74年 「青春の蹉跌」 三好達三原作 萩原健一主演
 79年 「限りなく透明に近いブルー」 村上龍原作 三田村邦彦主演
 などをみた。

 借りてきたDVDはまだ見ていないが今晩はもう目が疲れているのでやめにして明日見ようと思っている。

 でも上記の3作品制作年代を見ると私は79年にしてもまだ20代後半、青春の残照が残っていて主人公の青春をなぞることに何らかの意味があったかもしれないが、今や60のじいちゃん、はたしてなにか残るものがあるだろうか。

 原作は15年ほど前に読んだ。かなり忘れていると思うが、そう面白い本ではなかった気がする。あの当時、熱に浮かされたように購入し期待して読んだが拍子抜けしたような記憶がある。

 所詮は絵空事と思いたいが、小説のような人生を送る人だっているかもしれない。
 私には小説になりそうな熱い初恋もない、青春期特有の苦悩葛藤も思い当るふしがない、疾風怒濤の青春時代でもなかった、いたって平板。
 「ああ、人生敗残のブルース でも歌いましょうかね」

久しぶりにお昼ランチを食べる

 町内の海鮮料理兼寿司屋で昼ランチを食べる。
 980円で少し高いがたっぷりあり、ちょっと豪華な昼飯となる。
 和食定番のお造りの組み合わせ、てんぷらもついていて味もそこそこいける。地元では評判の店らしい。

  いえいえ、徳島市内の海鮮・寿司屋にはかないませんよ。
 海から遠い、タヌキがウロチョロする町ですから、比較にはなりませんが
 えっとぶりだったのでうまかった。(*^_^*)

吉野川海鮮寿司定食

最後まで食べきれず、もったいなかったが猫わけする。

昼過ぎ、コンクリとアスファルトの町は溶鉱炉の火口状態、ふらふらしながら家にたどり着くと、家の前の川には澄んだきれいな水がさらされ流れているのを見て

 「ホッ(ー_ー)」

2011年6月28日火曜日

狸列車


 我が家に来た子ダヌキのボンタ、ポンタ、ホンタは列車が大好きである。
 いうことを聞かず、ぐずぐずと権太を言っていても列車にのせてやるとご覧のようにニコニコ顔になる。

 動物の中で狸は一番列車好きなのではないかと思う。

 もうそろそろ子ダヌキたちは寝る時間だが、今夜も寝る前に昔話を聞かせろと騒いでいる。そこで今夜は列車好きの狸の話をしてやった。

 もう2世紀も前の話じゃった。わが鴨島の町にも列車が開通した。19世紀もおしつまった1899年、徳島から鴨島まで約20キロメートルを単線・狭軌の線路が敷設され、蒸気機関車が列車を引っ張り、一日5往復した。

 旧街道沿いに作ればよかったんじゃろうが、なにせ、当時の迷信深い人々、やれ、火の粉をまき散らし火事が起こるだの、風水の地脈を断つだの、いって通さなかった。集落の密集地なんぞはもちろんダメ。やまさんのひいひい爺さんなんかも強硬に反対したそうじゃ。
 いくら文明開化の世とはいえ、まだ19世紀の阿波の片田舎、轟音を響かせ黒煙を吐きながら疾駆する鉄の塊は、わけのわからんキリシタン伴天連の魔物のように見えたんじゃろな。

 仕方ないので、できるだけ人家も田や畑もない原野を探し、通さなければならなかった。そんなところはといえば、川に近い原っぱ、山に近い林、石や岩の多い野原じゃった。

 しかし、まあ考えておみ、そんな原野、確かに人口密度はゼロに違いないが、狸口密度はずいぶんと多かった。
 今の場所でいうと、牛島駅から麻植塚駅にかけての一帯、人家はほとんどないが狸の巣窟だった。物寂しい場所で夜になると道を通る人も滅多にいなかった。当然、狸に化かされる人も続出しておった。

 そんなところに鉄道がとおったんじゃ。さてさて、ボンタよ!おみゃあの先祖狸、どうしたと思う?

 おタヌキ様はな、もともとモダンな考えを持っていたんじゃよ。ともかく、新しいもの好き、文明開化で西洋のものが入ってきたら、必ずそれに興味を持って、一応それに化けてみたんじゃ。
 狐の野郎はそういう点保守的でな、新文物に興味を示さず、だんだん追い詰められ、徳川様の世が終わるのと運命を共にしたんじゃよ。

 そんな狸だから、列車が通りだすやいなや、ぞろぞろと見物、まではよかったが、中には化け比べを挑む狸も出てきた。
 え、誰と化け比べって?
 蒸気機関車じゃ。なんといっても畜生の浅はかさ、おっと、これは失言!黒い鉄の大きな生き物と思ったんじゃろな。

 もちろん夜、
 この原野を突きっきればあと少しで終点の鴨島駅、機関士がラストスパートをかけていると、線路の向こうにヘッドライトに浮かび上がる美女。
 「あっ、危ない!」
 急ブレーキをかける。しかし、間に合わない、轢いたと思われる点から何十メートルも行き過ぎてようやく停まる。おそるおそる車輪の下を見たり、引き換えし線路の上を見るが何事もない。
 横の草っ原の中を見ると二つの緑にひかる目がいくつもみえる。
 「あ、狸のしわざじゃ。」
 とわかる。

 このようなことがたびたび起こるので鉄道会社も困り果てていた。

 そしてこんなことまで起こってしまった。最終列車が牛島駅を出発して鴨島へ向かっているとき、なんと向こうからこちらに向かって列車が突き進んでくるではないか!単線だからこのままいけば大衝突は免れない。
 もう機関士は必死で急ブレーキを操作する。
 「ギギギギギギー!」恐ろしい音が上がる
 あわや、という一歩手前で停まった。乗客は急ブレーキで車内で3メートルも飛ばされ頭、腰を打つ者続出。向かい合うボックス席では意図もせず、強制キッス、強制抱擁があちこちで見られたそうな、おおごとじゃのう。
 機関士が飛び降りよく見ると

 なんと!提灯を片手に持った狸が一列になって行進していた。
 こら!という気力も萎え、機関士はヘタヘタと座り込んでしまったそうじゃ。
 まったくいたずら狸どもよのう。

 頭を抱えた社長は、ここらのタヌキの大将に頼みに行ったそうじゃ。

 「もう、おこらえなして。」

 しかし、大将曰く

 「わしらも人様に迷惑かけるつもりはないんじゃが、わしら、蒸気機関車が大好きでの。見たら、もう一緒に遊びとうてたまらんのよ。」

 そこで社長、

 「あの~、どうでしょう、毎日、一匹づつ牛島から鴨島まで列車に乗っていただくということで、こらえてくれんでしょうか。一日一枚のみであれば葉っぱの切符でも結構です。」
 「ただし、タヌキのままでは困りますので、人にお化けいただいて乗っていただくことになります。」

 それで手打ちとなった。
 じゃからのう。今でも、一日一人は人に化けた狸が列車にのっとるそうじゃ。

 とここまで話し、子ダヌキを見ると寝るどころか目をらんらんと輝かせ、次の話をねだる。

 「こらあ、はよねんかい」

(子ダヌキたちへの寝物語ですので、この話は私の創作で民話・伝説とは一切関係ありません)
 

2011年6月27日月曜日

電波が飛んだ日、電波が消える日


 私が生まれた日、その電波はどこにもなかった。二年後、その電波は飛び始めた。
 
 走査線525本、毎秒30枚、もちろん白黒の画像。4対3の長方形画面と云いながら、ブラウン管を通して見る映像は、やけに丸みを帯びたものだった。
 私はまだ2歳、見た記憶はまだない。たぶん東京、大阪中心しかサービスはなかったはずだ。記憶にあるのは小学校1年生の時、近所の元町長宅(当然、金持ちだ)へ、たくさんの近所の人たちとそのテレビ受像機を見せてもらいに行ったのが初めてだ。
 なんの番組だったかは覚えていないが、家にいて映画のような画像が電波で見られるというのが驚きだった。この時の驚きは大人も子供も同じであろう。なんの番組かというよりも、ブラウン管に映り動く画像に魅了された。

 小学校の4年生くらいになると、人気の子供番組も放映されるようになったが、高価なテレビ受像機はまだまだ普及していなくて、裕福な家に見せてもらいに行っていた。子ども心に

 「テレビがうちにあったらいいなあ。」

 と思っていたが、祖父母に育てられていた家に余裕はなく、家に親戚からもらったテレビが入ったのは中学3年になっていた。

 それからテレビはカラーに変わるが、昭和28年に飛んだ電波と同じものが平成になってもずっと飛び続けている。
 今、もし昭和28年当時の上のイラストにあるような丸っこい画面の白黒ブラウン管受像機があったとしたら、今飛んでいるテレビを視聴することが可能であることからも、まだテレビ創業当時の同じ様式の電波が飛んでいることがわかる。

その電波もあと一か月もない7月24日で消える

 「地デジの準備はお済ですか?」

 うるさくテロップやスポットCMで流れる。

 チューナをつければ旧来のテレビでも見えるとはいえ、いったいどれだけの旧式テレビが廃棄されたことか。

 昭和30年代、欲しくて欲しくてたまらなかった夢のテレビ受像機!その大量廃棄。

 「日本人はずいぶん金持ちになったんだなぁ」

 「使えるテレビを無理に使えなくする、電波の廃止。それを唯々諾々としてうける人々。」

 「ああ、日本人って従順じゃな。貧しい国だったらどうだろう、かつかつの生活でようやく手に入ったテレビを見えなくされたら、暴動だって起きるだろう。」

 何をいってもいまさらせんないこと。

 地デジの準備は一切していない。電波が消え去るとともにテレビは見ないことにしている。

 PCのお絵かきソフトをいらって、18歳のやまさんが出ているテレビ画像をアップしました。このたっぷりのふさふさ髪よ~く見てくださいよ。

 そういえば私、26歳の時TV出演しました。いっときますが悪いニュースじゃないですよ。
 7月24日に電波は消えるが、考えれば宇宙に向かった私の出演した電波はまだ34光年しか達していないんだね。
 アンドロメダ銀河系まで230万光年だから・・・・・・・
 な~んだ、わたしの出演の電波画像ほとんど永遠といっていいほど消えないんだ!安心!
 

2011年6月26日日曜日

ITベンチャー(あるDVDを見て考える)

 ある理論によれば、宇宙はとても小さく、淀んだ川に発生する泡のようにブツブツと出来ては消える存在であったようだ。ミクロのまま生まれミクロのまま消滅するのが一般的であった。
 じゃあわれらのこのマクロ宇宙はなぜ?生まれたか。これにも理論があってインフレーションというそうな。生まれた直後急激に膨張するらしい。極めて急なむしろ爆発的といってもいいような空間と物質の創成があったようである。
 ほとんどの宇宙が小さいまま消滅したのに対しインフレーションで膨張した宇宙は大きく広がり我らの住む宇宙となった。いまだに膨張を続けている。

 その分かれ目はなんだったのか。確実に言えることは宇宙生成のごく初期にそれは起こらなければならないということである。人の一生に例えるなら赤ちゃんか少なくとも子供のうちにそれは起こらなければならない。

 わたしはここで宇宙論の話をしたいわけではない。人にも全く同じことが言えるのではないかと思うのである。
 一人の人が起業して企業を育て大きくしていくさまは、まさにこの宇宙論の初期膨張理論(インフレーション)に似通っているのである。
 特に今の時代のベンチャービジネスにそれは当てはまると思う。

 2日前にDVDで「ソーシャルネットワーク」というのを借りた。フェイスブックを作った若者で今億万長者になっている者のサクセスストーリーである。

 舞台は資本主義の本山アメリカ、そしてハーバード大学のキャンパス内。学生の主人公がフェイスブックのシステムを立ち上げる。そして信じられないほどの短期間にそれは爆発的に全米の全大学そして全世界に広がる。
 これは初期宇宙のインフレーションになんと似ていることであろう。
 アメリカの大学内の学生起業は主人公だけでない、それこそ宇宙生成理論のようにあぶくのように無数に出来、ほとんどは成長をとげず消え去るのだ。しかし、我々の宇宙のようにまれまれに急激に膨張し、見事大宇宙に進化を果たすのもある。

 それこそが主人公のフェイスブックである。

 この初期宇宙のインフレーションと重なるフェイスブックの成功から我々は何を学ぶべきか?

 以下、とても冷徹に言わせてもらうことをお許しください。

 宇宙も一緒!起業もおぎゃあと生まれた初期に、それは一度か数度になるかはわからないが、爆発的な膨張を遂げなければならないということである。
 この段階では当然ながら起業者と起業そのものは未分化であり、ゆえに起業も赤ちゃんの可塑性可能性を持つものということはその「起業者」も赤ちゃんであること。(ホントの赤ちゃんという意味でなく白紙の青年、このDVDではハーバードの学部生)

 そうそうなのである。青年が絶対条件。世知に長けた老成した大人では残念ながらだめ。これも宇宙生成理論と同じで「ごく初期」という絶対条件は外せない。

 それとこの主人公、ハーバード大学部生である。別にハーバード卒が起業者の必要条件ではないが。これは是非言っておかなければならない。
 数学を中心とした数理、論理、の能力、それから文学では古典の教養(ギリシャ、ローマ、漢学、古文など)はハーバード、東大に楽に入学できる実力がなければならない。
 入るかどうかは問題でなく、そこへ入れるだけの力は必ず持っている必要がある。

 まずこの条件は難しい。しかし、小学校高学年、中学校ぐらいから一大奮起して勉強すればハーバード、東大に入れる実力ができないこともない。

 発想や感性はその辺にいる多くの学生とさほど変わりない。フェイスブックのヒントになることは

 「大学の社交をネットにする」
 「このフェイスブックはクールじゃなきゃならない」

 なんどとあんぽんたんでも考えられるようなことである。

 さあ、みなさん!どうですか?20歳以下でハーバード、東大へ入れる力を持ってる人は小宇宙を生成できますよ。
 自分がダメなら息子・娘はどうですか。私も息子に期待・・・・・といいたいが、わたしゃ息子がおらん!

 これ、断っておきますがITベンチャー起業ですよ。普通の企業なら「おしん」のような血と涙と汗で大きくすることもできます。それはまた別のサクセスストーリです。

 ただねえ~、20歳そこそこの若造が億万長者!これは素晴らしい!何度も言うようだが宇宙創成のロマンを見るようだ。
 

2011年6月25日土曜日

今宵の祭り、若い人で賑わう、でも何の祭りか誰も知らない

 寝苦しくて半ボケ状態で寝てると、

 「ドンドコドンドコ」

 と遠くで太鼓の音。なんじゃろ。夜のウォーキングがてら駅前へ行くと「お祭り」をしてた。

 「地元にこんなに若い衆がおったんか!」

 と思うくらい中高生や20歳くらいの子が仰山いる。じんべはんや浴衣の子もいる。

 そういえば今日は地元が産んだ大喜劇役者・曾我廼家五九郎のお祭り日

 「めでたいな。めでたいな。」 

って、ところでそんな人誰が知っとん?大正から昭和初期に浅草で活躍した人らしい。が、リアルタイムで知ってる人はみんな死に絶え誰もいない。

 若い人に聞いてみたが何の祭りかも知らない。ただ露店がたくさん出ていて、そぞろ歩いたり、浮かれ楽しんでいる。

 メインイベントは平均年齢70歳の婆ちゃんの五九郎音頭の踊り

 時期といい、だらも知らないことといい、また、地元にこんなに若い衆がたくさん湧いて出たことといい、これは人の世の祭りではない。

 きっとね、これはおタヌキさまが一枚かんどる、そうでなければこんな浮世離れした祭りができようはずがない。

 上の動画は踊り、下の動画は露天を歩く若い衆、まあ見てください。

もうあかん

 朝からこの天気、昼ごろには34~5度。

  なんという暑さであろう。帽子は着て出ているが、髪がなく、極めて薄い頭皮の下は数ミリの頭蓋骨を隔てるだけで脳~おおノ~!悩~!暑さがすぐに脳にくるではないか。

 水分補給もやりすぎてお腹がへんになった。

 頭もボ~、どころか呆けてきてほとんど寝とるわ~。列車にのってうつらうつらしたら、一瞬自分がわからんようになった。

 「わたしはどこ?ここは誰?」

 状態じゃった。かなり危ない。

 もうあかん!

 まだ6月やろ。秋風が吹くまで3か月もある。それまで持たん。どうもこの夏で命運も尽きるわ。

 とりあえず、クーラ、ガンガンかけて昼寝してこまそ。

 音信不通になったらくたばったと思てや。

2011年6月24日金曜日

氷菓


 昨日から真夏のような気温になっている。今日も朝から晴天、気温はぐんぐん上がっている。おかげで今日も布団を干せた。
 夜になっても気温は下がらず。昨夜、初めてちょこっとクーラーをつけたが、今夜は蒸し暑くてもう何時間もつけている。

 夕方、上の写真のようなビニル入りのジュース10本詰め合わせを98円で買ってきた。氷菓にするため製氷室に押し込んであった。さっそく食べようとさっき出してみたら、まだシャーベット状で完全に凍りきっていない。

 この氷菓、カチンカチンに凍らなければよろしくない。石みたいに固いのを製氷室から出すと、すぐざらざらした霜がビニルの表面に着く、この棒状の氷菓の両端を左右の手に持ちエヤッとばかりに折ると、真ん中のくびれからポキリと折れ左右に分かれる。
 両手に真ん中から折り取られた氷菓を持ち、どちらからでもかぶりつく、ガリガリとビニルの上から噛み、砕いた氷にして食べる。
 ちべたくてとってもあまくおいしい。ときによると頭がキーンとなったり、歯にしみて痛ぅぅぅぅぅ~ていうときもあるがそれもまたいいんだよね。

 そういうわけで今見たシャーベット状では絶対ダメ。また製氷室に戻す。
 気温が上昇したのに設定温度をまだ上げてなかったのがカチカチに凍らなかった原因だ。今日は食べることをあきらめる。

 私は真夏、製氷室で作ったこの氷菓を食べるのが大好きである。この氷菓は、私が幼かった頃、駄菓子屋や縁日の露天商で売られていたちょっといかがわしさのただよう「氷菓類」の系統を受け継ぐ由緒正し「こおりがし」である。

 今は食べようと思えば、当時は夢のようなアイスクリームだってソフトクリームだって買って食べられるが、わたしはこの1本10円もしない氷菓を食べる。ほとんど砂糖の味だけにもっとも「氷のおかし」の特性が味わえる。そりゃそうだ!甘いだけでほとんど氷だもんな。

 形もいい、南極の大陸氷をボーリングした棒状スティック、あるいは液体窒素から取り出した人工授精用の精液の入った容器のようで、さまざな想像ロマンがかきたてられる。(え、そんな気色の悪い想像するのはお前だけじゃ。そうでした。)

 うだるような暑さの中、家にようようたどり着き、製氷室をパカッっと開け、白い冷気とともにこの棒状の氷菓を取りだし、ポキッと折るとき、なぜか小さな幸せを感じる。
 こんな安もんの氷菓に。考えれば不思議である。

2011年6月23日木曜日

阿弥陀仏よや、おいおい

 昨日は夏至であったが、夕日は地平に沈む前に雲に消えてしまって見えなかった。今日は夕方になっても晴れていて地平に沈む夕日が見られた。
 下は、佐古高架下、出来島川の川岸から沈む夕日を撮った。時刻は午後7時ジャスト。

日の沈む西方には極楽浄土があるという。果てしなく遠く、人の足でたどり着くことはできない。しかし、阿弥陀様を念じると雲に乗って西方から迎えに来てくれて救いとってくれるという。

 足が悪い人であろうが、ねたきりであろうが、いや、たとい人を殺めた極悪人であっても阿弥陀様は極楽にすくいとるといういう本願をたててくれた。念じる人を取りこぼすことはないという。

 むかしむかし、人を殺し、とても救われぬとあきらめた人がこの弥陀の本願におすがりすれば極楽に行けると聞き、西方に向かい旅立った。
 ただひたすら

 「阿弥陀仏よや、おいおい。」

 と呼びかけながら、野や山、川を横切り西方へ、
 幾日も旅をし、やがて陸が尽き、海に面した崖にたどり着いた。ここからはもはや進めない。
 西方の海に向かって伸びた崖に生える松の先端にまたがり、
 「阿弥陀仏よや、おいおい」
 と何度も呼ばわっている。そして幾日も幾日も、

 精も根も尽き果て、今わの際に、最後の力を振り絞り,ひときわ大きく呼ばわった。

 「阿弥陀仏よや、おいおい」

 そのとき遥か西方の海上から大声で

 「ここにあり」

 息絶えた男の口からは美しい一輪の蓮の花が開いたそうな。

 わたしのもっとも好きな中世説話である。

我は何して老いぬらん、思えばいとこそ哀れなれ、今は西方極楽の弥陀の願いを念ずべし  (中世今様・梁塵秘抄より)

追伸 タヌキは清潔か不潔か


 タヌキってえらい臭いそうな感じがしますですね。人間に急にであったりして驚くと脱糞したりくさ~い屁をかましたりで、不潔なイメージですが、そんなことは全然ないですよ。

 ほんとはきれい好き、「タヌキの溜め糞」って言いますが、これなどは御不浄(便所)をちゃんと指定してやっているわけで、ところかまわず立ちションする酔ったおやじより清潔です。

 タヌキは雑食性で残飯などはきれいにしてくれますし、この意味でお掃除屋さん。そして排泄も指定場所で。
 なあんだ、タヌキって清潔なんだ。

いやいやしぶしぶ

 午前十一時近くなって晴れが安定したので布団干しと洗濯をした。

 きれい好きな人はどちらも頻繁にやるが、私はぐずぐずして先延ばし先延ばしでどうしようもなくなってしぶしぶやる。
 幸か不幸か「清潔にしろ!」とお尻をたたく妻も親もいないから放っておけば永遠にしなくていいんだろうけど、これも限度があるのでしかたない。
 ブルボン朝の王様のように毎日新品のみを身につければいいが貧乏ではそうもいかないから着古したものを洗濯をしなければならない。

 着たきりで夏中過ごせばどういうことになるかやってみたい気もする。アメリカ人で数か月マックを食べ続ければどうなるか?とおバカな実験をした人がいるが、これなどに比べればいったい洗濯をせず着続ければ人間どうなるか?の方がう~んと健康的である気がする。

 世の中にはレゲエのおじさんはじめ、そのほか着たきりで洗濯などという言葉とは無縁に生きてる人がたくさんいる。今のとこ命にかかわるという話は聞かない。
 ずいぶん匂うようになるとは思うが、不思議なもので自分の匂いは悪臭とはならない。他人の悪臭は非常に嫌で我慢ならないが、自分のはいつまでも辛抱できる。なかには洗濯かごに靴下やパンツを放り込む前に、まるで愛しいもののように匂いを嗅ぐ人もいるから、面白い。
 そこまでは愛着しなくても自分の匂いに対する許容度は高い。

 そうはいうものの、着倒すというか洗濯せずにずっと過ごすということは、わたしも世間体をはばかってやらないというかやれない。

 で、しんさまのおすすめもあり、今日の良き日に洗濯して、布団干しをした。

 今度、「歴史から見る清潔・洗濯」でブログを作るかもしれないが、どうせやまさんのことだから歴史に名をかりて、不潔のすすめとなるのだろうと思われるかも。じつはそのとおり。

2011年6月22日水曜日

海霧(ガス)

 今日は夏至、梅雨の真っ最中でどこもかしこも雨もよいの陰鬱な天気かというと、長~い日本列島であるから、そうではない地方もある。

 沖縄では早々と梅雨が明け、真夏の晴天が続く日が多いと聞く。青森から北も梅雨がなく、明るい晴れた日が多い。北海道がそうである。

 しかし、北海道のどこでもそうかというと、北海道は広く、その上いくつかの山脈で区切られていて、特有の気候を持っている地域もある。道東の根釧平野から根室半島にかけては、この時期「海霧」が発生する。

 かなり濃い乳白色の霧で、それは海に発生し陸にやってくる。海霧は薄いシート状で地表から100メートルぐらいしかない。これに包まれると太陽は遮られ、ひどい時には牛乳の中にいるように視界が悪い。
 気温も下がる。釧路の7・8月の平均気温は18度くらいで、平地では日本で一番夏の気温が低い(ロンドンの真夏と同じらしい)

 この根釧原野にあるもっとも大きな町は釧路であるが、昔から「霧の都」と呼ばれたりしている。ロンドンも霧の都と言われているが、釧路は「海霧」で霧の種類が違う。

 釧路が海霧で覆われると何もかも白くなり数メートル先も見えなくなる。震える寒さと、横から漂う霧のミストを避けるためレインコートが欠かせない。
 地元で暮らす人は大変だが、我々のような暖国の旅行者には、真夏、肌寒くてコートの襟をたてながら白で閉ざされた街を歩くのは何とも言えぬ郷愁を誘うもので、北国のロマンの一つであろう。

 夏至の今日、思いもかけず、沖の洲は海から這い上がる「海霧」で覆われた。

子ダヌキが来た

 MOTOさんちの子猫は断ったが、ジョージ君のとこからは子ダヌキを3匹もらってきた。(ホントは一匹40円で買ってきたんだけどさ、狸身売買になるから彼らには内緒) 
 餌も世話もいらないから楽だ。

 とりあえず名前をつけてやらねばならぬので

 「ボンタ、ポンタ、ホンタ」   

 にした。
 しかし、タヌキのくせに、名前だけではヤダという。姓も寄越せといっちょまえの口。仕方ないので

 「東京ボンタ、大阪ポンタ、徳島ホンタ」   
 
 にした。東京ボンタって聞いたことがあるし、自動車販売会社の徳島ホンダと間違えそうだが、3匹ともそんなことは知らずに喜んでいる。

 「何かに化けろ」と催促したら。まだ子ダヌキで一匹では無理という。3匹一緒ならということで3体一緒の怪物のキングギドラに化けるという。
 これが本体

しかし、まだ化ける技は稚拙で、化けたのがこれ。

どうにかならんもんかいな。

夏至

 今日は夏至だが、わが国では梅雨の真っ盛りで長く明るい一日とはならない。曇り空の薄暗い天気になりそうである。

 夏至が目立つのは高緯度地方であろう。北緯60度にもなると真夜中でも白夜になるからだ。たとえば、ロシア文学の舞台となる「セント・ペテルブルグ」なんかそうだ。

 白夜、過ごしてみたいな。
 でも不眠症の気がある私は何日も過ごせないだろう。よけい眠れなくなる。
 でも真夜中、白々とした明るい人通りの途絶えた町を散歩するってどんな気分だろう。

 白光と夜の冷気で美しい霧が街をおおっているかもしれない。どこもかしこも白の街。
 北国の夏至のロマンだな。

 ペテルブルグの近くにカレリアという地方がある。
 若い時分、「霧のカレリア」という曲を聴いた。
 夏至の今日、せめてこれを聴いて白夜を思い浮かべるとしよう。

2011年6月21日火曜日

たぬぽん美術館

 たぬぽん美術館へようこそ。今日は館長さんのジョージ君がいないのでポン芸員のやまさんがご案内します。
 3作品、岸田劉生、ダビンチ、写楽のパロディーだポポ~ン。
麗子像

モナリザ


奴 江戸兵衛 

さびしい港

 この市の発展は海にあると私は思うのだが、今や海への発展は閉ざされ内に向かって縮こまろうとしているのだろうか。昔、船が接岸・出航した岸壁には港湾の設備はない。
 見渡しても、悲しいことに船が一隻もいない。
岸壁をデッキに見立てた公園はほとんど人がいない。尾のやけに長い猫とリハビリに歩いているご老人に一人あったっきりである。
 まわりにはNPOのやっている店が一軒あるだけで、中に入ったが客も少なく、賑わいというには程遠い。

 カモメさえ見当たらない。

 海への進出をやめたときどうなるのか。内向きに陸だけでこの市はやっていかれるのだろうか。
 こんな立派な港に恵まれているのにもったいない。

 記念にNPOの店でたぬぽんバッジを買う。
 このシールにも書いてあるように、みんなに自慢しよう!

久しぶりの朝日

 起きてとりあえずたてたコーヒを飲んでいる。

 朝日が射してきた。窓を開けてみる。紗のような空をつらぬき太陽が顔を見せている。

 今日は明るい一日になりそうな予感がする。

 そういえば明日は夏至だ。

 だれもかれも幸せな一日になるといい。

2011年6月20日月曜日

よく似た話が江戸時代にもあったぞ

 私はブログを作成するとき滅多にネットで調べません。時間がかかるし、わずらわしい。
 しかし、うろ覚えで確かでないこと、重要な言葉や句が部分的にしかわからない、あるいはキーワードしか思い出せない時などは、調べる。

 ネットのいいとこは部分的や不確かなことであってもその断片を検索に入れると
 「もしかして、これじゃないですか?」
 と聞き返してくれることである。これは大変便利で使わせてもらっている。

 それで今日、きれいなアヤメ・カキツバタ園を見て、ある和歌を思い出そうとしたが、その全容がわからない。次の一部分だけしか思い出さない。

 「・・・沢の・・まこもも・・・・・」

 で、これだけで検索しました。やっぱ、ネットの威力はすごいですね。一発でわかりました。

 その時、この質問や回答を見た人は次のような質問も見てます。というのがあってそれがいくつか出ている。その中の一つに目が釘付け。次のようなものでした。

 質問     
 尻の穴に電池を突っ込んだら抜けなくなりました。どうしたらいいのでしょう?深く入ってしまい、抜けません。踏ん張ると痛そうなので、医者に行ったほうがいいのでしょうか。すごくあせってます、助けてください。

 本人は真剣なんでしょうが、笑ってしまいそうな驚くべき質問です。でもこんなこと笑うことでも驚くことでもありません。こういうことって繰り返し起こってますから。
 書名は忘れましたが江戸時代の話しでやはりanusへの「おいた」の話を知ってましたから、私の印象としては

 「ははああ~ん、また、やっとるわい、いつの時代も一緒じゃわ」

 です。ちょっと紹介しましょう。
 (わたしのうろ覚えで細部はちょっとわかりません。本筋以外は私の想像も入る)

 謹厳で固い真面目なご隠居。若いうちはさる家中の用人を務め、今は家督を息子に譲り、老妻は亡くしたが、跡取り息子、嫁、孫に囲まれた幸せな隠居暮らし。

 ある日、縁側から
 「ぎゃ~」
 と恐ろしい声が響いてきたため、家族が駆けつけると、ご隠居さんが泡を吹き、白目を剝いて気絶している。
 それ、水よ、医者よ、と騒ぎ、介抱しているうちにうめき声とともに正気付き、口をパクパクさせながら
 「尻、尻、尻」
 という。
 そういえば、むき出しのお尻、いかごとならん、とよく見れば、なにやら黒いものがお尻の穴に刺さっている。
 「こは、なんぞ」
 と驚いたが、ともかく刺さったものなら抜かねばと、
 はじを手に持ち引きずり出せば、4,5度も雄叫びのような声をあげしが、ようよう抜けた。

 老人曰く
 わしはまじめ一徹にいままで生きてきた。しかし、この歳になり艶本や通・粋人の話を聞くにつけ、A感覚のセックスとはいかようなものじゃろうかと、思い始めた。
 そして、それを知らずにあの世に旅立つのはいかにも残念。
 そう思えば、なんとしても一度経験したいと、想いは募るばかり、
 芳町の茶屋(江戸時代の歌舞伎町二丁目、おかまバー)に行けばよいのじゃろうが、いまさらこんな爺になって恥ずかしくて行けない。

 それならばとさる珍品商から「黒水牛の角で作られし張型」(怒張した珍棒)を手に入れた。
 それを板の間に置き、尻をめくりあげ、半しゃがみになりそろそろとanusに近づけんとしたが、なにぶん高齢で足腰も弱っていた。
 ふらふらっとしたかと思う間もなく、どすんと尻もち、見事、黒牛の角はケツをつらぬき最初の仕儀になったというわけ。

 これを聞いた芳町の陰間(おかま)
 「ふのりを使わずしたのがあやまり」     ふのり=海藻から作られる潤滑剤)
 
 これ、いったい何の教訓話か、それとも単なる笑い話か忘れましたが、たぶん教訓話に分類されるのではなかったかと。
 オチにつづく話はありましたが忘れました。

 江戸の真面目な人間でもこうですよ。いまさら、電池だろうが、電球だろうが、ナスだろうが、なにが入ろうが驚くことでない。

 えらい下ネタに発展しましたが、元は美しいアヤメ・カキツバタ園を見てのある和歌からの脱線話、きれいにしめる意味で園の写真と調べた和歌を載せます。
五月雨に沢べのまこも水たえていづれあやめと引きぞわづらふ
 (源頼政)
 またブログが長くなった。

今日のニュースから

江口Ime、やっぱりCG     
 そうじゃないかと、思ってたんだ。きれいでかわいいけど、なんかうそっぽかったよな。全くの新人が彗星のごとく現れたから、ファンなんかは大騒ぎになったらしいね。

 若いファンなんかはこのようなCG美女にも性欲をかんじるのかなぁ。
 やま爺さんは、マシュマロみたいな感じしかしないがなあ。

 「あまく、かわいく、砂糖系の香りを匂わせ、おとぎのお菓子のような色つやをもった表面、さわると、プニャッ、プヨッ、ポヨヨ~ン。」

 マシュマロそのもの。マシュマロに性欲を感じるかと聞かれたら、う~ん、難しい。

 でもやま爺さんにマシュマロのようなイメージを与えたとしたら、製菓会社のCMとしては大成功ですわ。

堀江はん、がんばってつかはれや
 政治犯とは言えないが、社会の見せしめのため収監されるので、私は大いに同情し、今後の活躍も期待してますが、TVに写ったお顔が気になった。
 覇気のないお顔になってる。収監される前から疲労色が出てる。でも、わかりませんね。前日、きれいなお姉ちゃんを集め、また「ホリエモンいってらっしゃいませパーティー」で騒ぎ過ぎて 疲れたのかもしれませんしね。
 しかし、この激太りはどしたん?お顔なんか脂肪の塊が浮いてますし、脂も染み出てますよ。本人は
 「ムショから出るときはわからないくらい激やせする」
て言ってますけど、直前のストレスでやけ食いしたんじゃないかと心配してます。
 最近は流行らないが私は「痩せたソクラテス」が好きです。
 ソクラテスはムショの中で永遠に残る哲学の教えを残しました。あなたもただ痩せるためだけじゃなく、ムショできっと立派な言葉を残すと信じてます。
 まだ30代の身。今後を期待してます。

どびつこいったらありゃしない        
 K首相、みんな一日も早くやめてほしいのに、やめない。
 この人、みんながイラつけばイラつくほどよけいに闘志を燃やす人なんですね。
 ま、人生の上でこういうことは「美徳」にもなりえるのかも知らないが、ただのはた迷惑な頑固者、っていうケースは多いから、美徳というには?がつきます。

 まして一国を率いる首相、「どびつこさ」もほどほどがいいような気がします。独裁国はおくとして民主主義国で「どびつこい」のはチャーチルなんかそうだったと思います。しかし、彼なんかの「どびつこさ」は国のために結果としてプラスになりました。
 が、このK首相、とてもチャーチルには見えない。

 法的に首相をやめさせるのは「不信任案」が否決された今難しいそうです。
 もうこうなりゃ、226か515でも起こすか、あわわわわ、聞かなかったことに!
夕方のニュースで見たら、ホリエモン、頭がモヒカンになっとる。収監直前、わかる気するわ。

よしよし、いままでのとこブログは短く、簡潔だ

川の水嵩が増した

 我が家は川に面している。朝からの雨で水嵩もご覧のとおり、道路が冠水することも一年に一度くらいはあるが、今回はそれはないだろう。午後から小雨、止むところもある、と予報でいっていたから。

 家を建ててから幸い敷地まで冠水したことはないが、近年、大雨傾向の異常気象が続き、各地で降水記録を更新してるから、今後はわからない。
 河川に面した土地を宅地造成して盛り土した土地だから、最近言われている南海大地震が起きれば液状化で基礎土台がぐちゃぐちゃになり、たぶん家は崩壊すると思う。

 せめて私がめでたく旅立つまでは、冠水も土台崩壊も起きて欲しくない。

 また、コーヒを飲む。ションベン製造機になる。

 この写真を撮ろうと外へ出たら、もう中学生が下校していた。警報が出て放課になったようだ。

 まだやみそうにない大雨、カミナリさえはためき鳴り渡っている。

ながせ、こんな言葉使うの俺だけだろな

 雨の季節も、しとしと雨も嫌いじゃないけど、こうも毎日つづくとうんざりしてくる。今朝は目覚めたときから
 「ドチャー」
 という音が聞こえていたくらい強い雨。
 明治生まれの祖父母は梅雨のことを
 「ながせ」
 と言っていたがこの言葉の持つ響き、ぴったりだ。だが今こんな阿波弁使う人もいまい。

 頭が痛い。なにもかもぼんやりしてる。
 とりあえずコーヒを作ろう。

 雨の一日、何をするにしても頭だけはシャンとせねば。

2011年6月19日日曜日

長いのはいかんなあ

 毎日暇な上に雨が降り続き、外へ出れなくて家で過ごす時間が多くなる。いきおいパソコンに向かう時間が長くなり、それに伴って、ブログも長くなる。冗長なブログは書かないようにしようと思ってもくだくだと書いてしまう。

 作文技法の上手下手、また内容の質はおくとしても、一番大事なことは、伝えたいことを文章にできているか、そしてそれが読み手に伝わる文章か。の2点である。くだくだと長くなると幹より枝葉が多くなり、幹が隠れてしまう。伝えたいことが幹とするとそれは隠れては困る。
 「だから長々しいのは、よせ。」ということである。
 
 まあ、それ以外にも筋道のしっかりした論理的な文章を書くよう目指せという人もいるが、これについては言い訳がある。
 私のブログはあくまでも「日記」である。日々心に思い浮かんだことや、日々の出来事を見、感じたことを思いのまま書き綴れるものとして「日記」の様式を選んだのである。
 小論文を書くわけじゃないので、気の向くまま、心の向くまま、一貫性のない叙述だって許されるはずだ。
 「夢日記」というのをつけてる人がいると聞く、自分の見た夢を朝起きると忘れないうちにすぐにノートに書くそうである。この日記などは論理矛盾、筋の破たん、何の脈絡もない唐突な展開ばかりだろう、だってそうじゃなきゃ、「夢」ではない。

 ほらほら、私の文の悪弊として言った通りになってる。何が言いたいか「幹」の部分がかくれ、夢日記などと枝葉の関係ないものが混ざってきている。そのようにうだうだ書いてるからまた長くなる!

 結局は、つれづれなるまま、思い浮かんだことを書き散らす日記ということで筋、論理からは外れていますのでご承知ください。

 それにしても、歴史上も今も日本人って人に読まれることを前提に書く「日記」だの「ブログ」だのが好きですね。
 当たり障りのない花鳥風月などを書いてる日記も多いんですけど、中には赤裸々なのもありますよね。私もその傾向がなきにしもあらず、なんです。
 そんな日記を人に読んでもらうことを前提に書くって、悪く例えれば、自分のマスターベーションを人に見せたがっているようなちょっといやらしさを感じるんですが・・・いやいや、こんなたとえ話、考えてはいけませんね。

 今日から少し短く簡潔に書こうと思っている。

あじさいの季節      
 欧米などでは6月は一番明るい季節なのに今日も雨空で陰鬱である。しかし厚い雲や雨で暗く、じめっとすればするほど何故かあじさいは冴えた美しさを見せる。
 蛍光のようにまわりの光を受けた以上に光を跳ね返すような花弁のためだろうか。

 公園であじさいを2枚撮影した。上は「ガクアジサイ」、下は柳の根方の「赤いアジサイ」
どこも今アジサイがきれいである。

 「アジサイの花ことばってなんじゃろ」

 家へ帰ってネットで調べるとなんと10以上もある。目を通してみるが、私にはピンとくるものがない。
 だから私は自分で「花言葉」を作ることにした。漢字2文字で次のようにしました。

 「微」     

 アジサイって土地の性質によって色が変わっていくし、なかには千変万化し、白~青~赤~紫のグラジュエーションを見せ、えもいわれぬ色の乱舞になるのもあります。
 この変化する色を断定的に割り切り表すことは無理があります。それこそ「微妙」な色の味わいを感じて欲しいものです。

 日本的な美の形容詞に
 「微かなる」(かすかなる)、沢の蛍の微かな光・・・
 「妙なる」(たえなる)、妙なる琴の音・・・
 があります。この2つを結びつけたものが「微妙」なのです。

 花々や新緑が輝くように美しかった初夏とぎらぎらするまぶしい真夏に前後を取り囲まれ、しっとりして少し暗い今の季節、美しく咲くアジサイに「微妙な美しさ」の言葉を与えたいと思います。

2011年6月18日土曜日

デジタル人間、アナログ人間、いいえ私はアナクロ人間

 去年の秋からネットを家に引いてやっています。
 最初は、9月からIT職業訓練校に入学するので去年の8月に初めてPCを購入しました。その時はネットは引くつもりはありませんでした。
 主にワード、エクセル、パワーポイントの技能を身につけるのが目的でした。そのためインターネットについてはやるつもりはありませんでした。

 ネットを引いたのはこの時通っていたITの職業訓練校の先生の次の一言でした。

 「ネットを使いこなせるようならなければパソコンができるとは云えない。」

 訓練が始まって1か月たっていました。その時までに、ネットにつながった訓練校のPCを日々動かしていて、ネットにつながっていなければオフィスの機能も十分に発揮できないと自分でも強く思い始めていました。
 ワードで作った文章の中のちょっとした絵、クリップアートを入れるのにもネットにつながっていなければ手に入りませんものね。
 家のPCのみでオフィスの練習したところで、ネットの絵、動画などの情報が手にいらなければ、
  
 「なんも、面白っしょない!」

 それに訓練校でMOTOさんやあさとさんから、You tubeの使い方(この時はこんなことも知らなかったんですよ)を教えてもらい、演歌、古い歌、などを聴いて

 「You tubeを家でやりたい」

 と動機が高まってましたからね。
 結局、先生の一言が背中を押しました。
 それで毎月の使用料を覚悟の上で10月からネットをひいて、今日に至っております。

 しかし、ネットでやることは、訓練校で教えられたことのみで、新しい冒険はほとんどしません。ブログを作り、そのコメントを通じて訓練校の仲間のみとのコミュニ。若干の友とのメール。ネットでの調べもの。You tubeで音楽を聴くこと。
 これらは全部授業で教えられたことです。

 唯一、自分でダウンロードして『グーグルアース』をやり始めましたが、慣れないことは自分勝手にするもんでない。なにか恐ろしいネット上のトラブルに巻き込まれ、アイコンもソフトもフェイドアウトしてしまいました。

 「かんにんして!もう、二度とせえへんから。」

 もう新儀の冒険はこりごり、新しいことはやめました。だから、オークション、ネット販売、旅行、クーポン、などなど、ネット上のそれらは今までやったことがありません。

 若い人は笑うでしょうね。だって、こんなデジタル世界、死ぬまで縁がないと思っていたんですよ。それがたまたまひょんなことからIT職業訓練をすることになり、思わぬ世界へ踏み入りました。
 しかし、ずぶずぶのアナログ人間どころか、考え方などはアナクロ人間(アナクロニズム・時代遅れ時代錯誤)。習った決まりきったことしか今までできていません。

 昨日は、清水の大舞台から飛び降りる覚悟、で新儀の挑戦を恐る恐るやりました。
 それは新しいブログ(今まではJメイトの仲間内のみ)にコメントを載せることでした。タヌキのジョージ君が最近出番が少なくなっていました。昨日は久しぶりにブログに姿を見せたので、どうしてもコメントを入れたくなったのです。

 ずいぶん迷ったのですよ。新しくアクセスしてなにか恐ろしい破壊的なことに巻き込まれはすまいか。画面が爆発するような最強のウイルスに感染はすまいか。
 でも、このブログ、K市の商工会議所が作成してるから、思い切って信用することにしました。新規コメントの前に、名前、メールアドレス、ウエブサイトを入れるときは、心臓が早鐘のように鳴り響き、手に汗握りました。承認コメントだったのでその時はまだ入りませんでしたが今日見るとコメントが入ってました。

 「ひとまず、ホッ」

 ああ、新しいとこに、つながった。感動です。
 お若いデジタル人間から見るとほんと馬鹿なこと、でしょうね。

 デジタル人間といえば今日テレビで「デジタル美少女」を見ました。おぶけたので紹介します。信じられませんでしたが、真実、デジタル美少女らしいです。
江口Imeちゃんというそうです。びつくりするような美少女です。某製菓会社のCMにも出てるそうで、動画なんか見ると実体のある少女と見えるんですが、これCGらしいのです。まさに「デジタル美少女」です。悪く言えば合成人間、まがい物です。(実名、写真を載せればいいんでしょうが、この美少女のグループ、若い人たちに物凄い人気らしいのです。うかうかブログに載せて、あやしげぇなオタクとやらに因縁つけられるのも剣呑なのでこのようにしました)

 もうついていけれませんわ。やがてこんなデジタル美少女に恋をする若い男も出てくるのかね。アナクロ人間のやまさんには

 「知らない世界じゃ」

 といいつつ、わっしの好きな春日八郎の「長崎の女」、歌いよる「初音ミク」あれもデジタルじゃそうな。

2011年6月17日金曜日

神農さん

 しょうもない言葉遊びにちょっと付き合ってください。

 まず、反対語からいきますよ。
 「苦しいのはいやじゃ~ぁ」の「苦」
 で、苦の反対は
 「快」のような気もするが、「苦楽」という言葉があるから
 「楽」

 ところで「苦」っていう字、分析的によく見てください。くさかんむりがありますね。「苦い」と送り仮名を打てば「くるしむ」から「にがい」になります。くさかんむりからもわかるように「苦い」はもともとある植物を舌にのせた味から来ています。
 センブリ、リンドウはおそろしく苦く、何千倍に薄めても苦みを感じます。

 植物の中にはアルカロイドという化学物質が含まれているのが多いんですが、この化学物質は人間の体に何らかの作用をもたらします。それがどのようなものかその植物を初めて口にする人間にわかるはずはありません。ひょっとして心臓を麻痺させる効能かもしれません。
 このアルカロイドは苦みを感じるものが多いのです。

 人にとって怪しい作用の化学物質を含む植物、人の体はこれを警戒して、このような化学物質に対しては、舌が苦みを感じるようになりました。
 つまり苦みは「甘、辛、酸」と比べ、「警戒」の味なのです。

 だいたい率直な子供などは「苦い」となれば吐き出します。「苦い」は毒の場合があるから「苦しむ」を本能的に避けるんですね。苦いと苦しいはこの意味で関連した文字ですね。

 長々と「苦」について説明しましたが、じゃあ反対の「楽」。
 いいねぇ~、苦なんかはお付き合いしたくないが、楽は大歓迎、死ぬまで添い遂げたいわ~ぁ。

 「苦」の味は「苦い」でしたね。じゃあ「楽」のお味はなんかなあ~?「甘い」いえいえ、違います。
 それでは「楽」を味わいましょう。
 って、なんで?「楽」ってか、そんなん、実体がないわ!

 じゃあ、無理に実体をつけて味わいましょう。「苦」のようにくさかんむりをつけると、味わえる植物に変化するかな~?「楽」にくさかんむりをつけると・・・・・・・・・・・

 おお~!「薬」じゃ。

 苦を取り去り、楽を与える植物、それが「薬」ということなのです。

 面白くない言葉遊びにつき合わせてすんませんでした。

 今日はその薬になる植物が何百種類もある「植物園」を見学してきました。蔵本の薬草園です。
最近は純粋な「化学物質」ばかりの薬になり、薬用植物なんかは「漢方」以外ではあまり用いられませんね。
 でもやまさん、化学物質の薬より、薬用植物の薬が最近どんどん好きになってきています。くすりは文字通りくさかんむりの薬用植物でなければ本もんじゃないとまで思っています。

 「アホなこというな!癌にそんな薬用植物なんか効くもんか」

 ちょっとまってくださいよ。そもそも癌に特効薬ってあったっけ?ないでしょ。五十歩百歩のちがいじゃないですか。

 またロマンの話になりますが、わたしね、こういうこと想像するんですよ。
 どこか異界、それはアマゾン、アンデス、ヒマラヤ、中米かもしれない人跡未踏の奥地に誰も知らない植物があって不思議な薬効を持っている。その中には癌に効くのがあるかもしれない。
 うれしいことに地球にはまだまだ知られていない植物がたくさんあります。とくに熱帯雨林、高山植物の中などに奇跡の植物種が存在することは大いにあり得ます。

 インディー・ジョーンズじゃないけど若ければ探求の旅に出たいね。そして自分でその植物を舐めて第六感で確かめたいね。

 紀元前数千年前に中国に「神農さん」という人がいたそうです。体が透明で内臓が透けて見えたそうです。その人がいろんな植物を舐めて薬を発見して人に教えたそうです。内臓が見えるから、その色や動きで毒か薬かわかったそうです。まるでモルモットのような人ですね。 

 私も年齢を考えて、四国山地ぐらいならと、山を駆け回り、植物をねぶりまくり、薬を発見しようかと考えています。
 不老長寿はちと無理にしても強壮・回春ぐらいは・・・
追記  
 そうそう、奇跡の薬用植物と言われたマラリアの特効薬の「キナ」は、インカ帝国からマヤ帝国の版図のなかに自生してるって聞いたことがあります。
 マラリアなんぞ罹ったことないからわからないけど、ほんとの特効薬だそうですよ。
 「だからさぁ~、探せば他にもあるって。」

 あ、またまた思い出したことがあります。この「キナ」。マラリア以外にも妙な使われ方をするって聞いたことがあります。効能は「子宮収縮剤」。
 ということは・・・・・中条流、月水早流し、こおろし丸、
 ひえ~、ちょっとこわい、これも薬になるんでしょうか。

2011年6月16日木曜日

映画からお勉強する古代アメリカ文明

 「アポカリプト」の映画は作られた時から、史実として存在した2つの文明を混同しているという指摘がありました。「マヤ」と「アステカ」です。映画はマヤ語でつくられていたため、マヤ帝国か、と思うのですが時代を見ると(スペイン人が最後登場する)これはアステカ帝国です。

 しかし、どちらも古代アメリカ文明に違いはありません。多くの部分で共通するものがあります。今日は、できるだけフィクションは排除し、この映画からわかる古代アメリカ文明の特徴をとりあげます。見終わった感想なども交え、お勉強できたことをブログにまとめました。

金属の利器  
 最初に映画のワンシーンをご覧ください。右の戦士の右手に持っている武器にご注目ください。
映画ではこのナイフ状の武器のアップシーンもあるのですが、これではちょっと見にくいかもしれません。
 これは金属ではありません。石器なのです。黒い色をしてますね、これは「黒曜石」からできています。

 「なんでそんなこと断定できるんじゃ!おまいは小道具係のスタッフか?」

 と言われそうですが、これは石器をホンの少し勉強したことある人ならすぐわかります。鋭い刃をもつナイフ、矢じり、槍などに多く使われます。
 「黒曜石」は天然のガラスなのです、割れ目が極めて鋭く鋭利になります。皮膚、肉などは容易に切り裂けます。割れたガラスでけがをしたことのある人ならその切れ味はよくわかると思います。

 よく切れる刃を作るのに必要な黒曜石は珍重されました。だから古代はこの「黒曜石」は交易品として非常に貴重な価値で取引されました。
 しかし、帝国は広範囲を支配におさめ、黒曜石も独占的に所有したのではないかと思っています。

 この映画で見る限りは金属器は使っていません。実際に古代アメリカ文明は金属器は装飾品の金銀、若干の自然銅が知られていただけで、利器として金属は使用していません。

 新石器時代と古代文明との違いは利器が石器か金属かといわれています。これでいうと古代アメリカ帝国は旧大陸でいう古代文明の入り口近くの段階にあったといわれそうです。しかしこれは、あくまで旧大陸の文明基準です。金属器は発達しませんでしたが、他の分野では旧大陸の古代文明と同等かそれ以上のものもありますから、金属器の有無だけでは一概に判断できません。

疫病およびシャーマン  
 捕えられた主人公が帝国の中心部へ向かうとき疫病の村を通りますね。疫病でばたばた村人が大量死しています。
 「疫病・パンデミック」
 これも古代文明を語る上で重要な要素です。

 人類史上、最初の文明は都市に人を密集させ、通信・交通手段網を築きました。人の集中、広範囲にわたる人の大量かつ速い移動は、今まで地域限定の風土病にしかすぎぬ伝染性の病気を帝国全土、そして古代世界すべてに広がる「パンデミック」という恐ろしい病気に変えていきます。
 伝染性の病気は広がるにつれ、DNAを変質させ、より感染性、致死率を強めていきます。

 文明は人類にとって「最大多数の最大幸福」という面も持っていますが、パンデミックによって文明人口の大半が死亡するというリスクも負ったのです。

 さて、映画です。よく見ると死亡者、瀕死の人、少女の顔や皮膚にに痘瘡状のたくさんのポツポツが見られます。発疹よりもかさぶたに近いでしょうか。
 このような症状が出て、死亡率が高いので思いつくのは、「天然痘」と「麻疹(はしか)」です。この映画ではこれ以上詮索は無理ですが、私はこれは「天然痘」を暗示してるのではないかと思います。
 確かに天然痘は旧大陸の病で、最後のシーンでのスペイン人の遭遇がありますから、この時点の感染は早いのでないかとも考えられますが、征服の20年前からスペイン人は、小規模な上陸をしてますから大規模遭遇以前に疫病に感染するのはあり得ます。

 抗体の全くない民族の「天然痘」「麻疹」に対する感染率・死亡率の高さは身の毛もよだつもので、全部落絶滅もあり得たのです。
 一説にはこの2つの疫病でアステカ帝国地域の人工は20分の1になったといわれています。これなどを知ると、スペインのごろつきどもより疫病が文明を滅ぼしたという面が強いです。

 そして少女が憑依して運命を語ります。この憑依状態の女性をシャーマンと呼びます。科学的にはヒステリー症状というらしいのですが、私はそんな科学的な割り切り方は支持しません。
 古代社会ではシャーマンは重要な地位をしめます。日本の卑弥呼の例でもわかりますね。神権政治にシャーマンはよく登場します。
 特に北方アジアの女性遺伝子にこの素質が多いのではないかと独断的に思っています。この少女の遺伝子の中に氷河時代アジア北方から渡ってきた遺伝子が紛れ込んだとしても不思議ではないと思います。
 結果的に予言は恐ろしいくらい当たります。熱に浮かされた少女が突然憑依するところは、じわ~と後から効いてくる恐ろしさがあります。

 「ほなけど、白人たちの観客にこのシャーマンの意味わかるんじゃろか。疑問じゃ」

人身御供  
 さぁさ、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい、世界の不思議、驚異の世界、神の祟りか、因果の報いか、ここに出でました人身御供。胸をザックと切り裂き、心臓を抉り出せば、まだピクピクと・・・・・・・

 と前口上を張り上げたくなる。映画の中の最大のハイライト。
 あまりのむごさに顔をおおう人も、しかし、たいがいはおおった手の指の隙間から覗いてます。

 「ひどい、ひどいわ~」
 「極端に残虐すぎるんじゃないか」
 「こら~!オカルト、スプラッター映画か、たいがいにせい」

 とお叱りを受けそうなシーンですが、細部はこだわらなければ完全な史実。このような方法で毎日、いいですか日替わりですぞ!このような方法で人身御供されてました。
 古代社会では驚くべき数の生贄、王の死後、多数の殉死者を出すのは一般的でした。
 中国の古代社会の殷の「殷墟」の墓では、1000体近い殉死者が一緒に葬られています。まあ、どこもこんなもんです。

 決して誇張とは考えないでくださいね。アステカでは上のイラストに見られるように同じことが繰り返し行われていました。(この絵は高校の世界史の教科書からとったからまず間違いはないでしょう)


とうもろこし畑
 主人公が広い闘技場のようなところに引き出され、槍や弓で犬追物にされなぶり殺しに会うシーンがありましたね。
 覚えてますか、思い出してください。
 唯一、逃げられるとしたら、はるか向こうに何やら人間の背丈より大きい、黄色く枯れた、茎と葉の植物の畑がありましたね。実際、主人公はそこへ逃げて助かるんですけど、これはトウモロコシ畑です。

 監督は意図してこのシーンを設定したのかどうかわかりませんが、これもアステカ文明を象徴するものです。

 最初の文明は、野生種から穀物を発見し品種化し、それを灌漑技術の助けなど借りて穀物を大量生産し、その余剰の上に成立しました。
 このアステカではその穀物は「トウモロコシ」だったのです。だからトウモロコシは文明を下から支えるもっとも重要な生産物なのです。

 さらりとトウモロコシ畑を入れてますが、やまさんは見逃しませんでした。


白い人々の先頭に立つ人は 
  主人公が最後に海岸で目にするもの、それはこの文明の未来を暗示するものでした。
 ヨーロッパの外洋帆船が沖に停泊し、そこからボートがこちらへ漕ぎ渡ってきます。アステカの人が「白い人」と呼んだスペイン人です。この文明には言い伝えがあったそうです。「白い人に征服される」と。そのとおり征服され滅亡するのです。

 このボートの先に十字架をもって乗っている人、他の乗組員とは違った格好をしています。宣教師と思われます。
 新大陸の征服地に真っ先に送り込まれるのはこの宣教師だったのです。ヨーロッパ人らにとっては無知蒙昧な土人に福音を伝える役割でしょうが、アステカ人には不幸をもたらし、アステカの神々にとっては悪魔でした。

 他の神々を許さない一神教で強い折伏(屈服させ信じさせる)の情熱を持つのがこの時代のカトリックの特徴です。その神の先兵が宣教師です。
 力による支配を背景にどんどん信仰を教え広めます。今現在、インディオを含め中南米はほとんどがカトリックなのを見てもわかるでしょう。

 宗教活動が悪いとは決して言いませんが、文明を滅ぼす軍隊の先頭に立ち陰に日向に手を貸したことや、排他的独尊的な教義を押し付けたため、多くの神々とともに文化まで破壊し去ってしまったのは、許すことはできません。

 「野蛮、異端」

 のもとにどれだけの文化・文化財が世界から失われたでしょう。本当に残念です。

 監督は白い人々のシーンの意義を十分認識した上で、最後に持ってきたと私は思っています。この最後のシーンを破壊荒廃をもたらす象徴と受け取った観客は私以外にも多くいるだろうと信じています。

最後に    
 映画はサバイバルアクションの範疇に入るのでしょうが、ヨーロッパの影響が入る前の古代アメリカ文明とその辺境という時代・場所設定がされていたためか、最初からそのようなアクションものとしては見ませんでした。
 この主人公もハリウッドにありがちなスーパーマンのようには描かれていません。けっこう弱さのある人物として登場しているので親近感を覚えます。

 マヤ語で「立て、立て」と言ってるのがありますが、聞くと日本語で「立て」と言ってるように聞こえました。似てる言葉のように思います。

 男はみんなお尻丸出しのふんどしで全裸に近い格好。でもすごいファッション性を感じるのは、みんな体にペインティングしたり、痛いのに穴をあけて耳輪、鼻輪、口輪、頬輪を思い思いにしてるからでしょうか。男のじゃらつかせるネックレス、ブレスレットも魅力的。

 これ、すばらしいクールビズだわ。おっさんおばはんは遠慮していただくとして若い日本の男女もこんな「アステカファッション」、流行らんかいなあ~。

 水中出産シーンもたまげました。水中で胎児を

 「チュドーン!噴出」

 そして、怖いけどなぜか笑ってしまう遊園地のお化け屋敷のようなシーン。これこれ。
笑うてはいかんと、理性は命じるが、笑ってしまいました。

 この人、このままでほとんどアステカの神像になってますよ。

 それからこの映画、別の観点、エロス度から見ても高得点ですが、今回はその話はやめておきます。

2011年6月15日水曜日

癒しの砂浜

 文豪夏目漱石の小説「草枕」の最初は次のような文で始まる。

 山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。
 智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。
 住みにくさが高(こう)じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟(さと)った時、詩が生れて、画(え)が出来る。
 人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣(りょうどな)りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。』

 まことに人の世は住みにくい。近頃特に感じる。
 そして住みにくくしている原因は漱石も言っているように「智、情、意地」を持つその人である。その中でも年が寄ると意地がへんに凝り固まって周囲との軋轢を生む。
 若い人はこのような老人を「意固地、頑迷、偏屈」と呼ぶのだろう。

 もっともまだそのような分析を年寄りに加えてくれるのはよいほうで

 「変な爺さん」あるいは「無視」で終わる。

 そんなことがあると人との付き合いも嫌になる。そしてほんとに安らかなとこへ行きたくなるが死にでもしない限り人の世はどこまでもついてくる。

 漱石は、それが嵩じて悟ったとき、詩が生まれ、絵ができるといったが、住みにくさはどんどん嵩じるが、悟りは来ない。したがって詩もできなければ、絵も生まれぬ。

 嫌だといって人との交わりも絶てぬ、逃げていくところもない、悟りも啓けない。四面楚歌で重苦しくて仕方ないが辛抱あるのみか?
 賢人はいろいろ心の苦しみを無くする方法を言ってくれるが、あまり信用していない。今まで60年近く生きてきてさまざまな病気になり苦しんだが、特効薬に当たった例なんかは一度もない。それと同じで心の苦しみに特効薬などなかろうと推察する。

 まあ特効薬はないにしても少しは苦しみを軽減する薬はある。こころも同じことであろう。

 対症療法にすぎぬかもしれぬが最近はこころを空白にしてぼんやり海を眺める方法をとっている。昨日、落ち込み、気力も萎えることがあり、今日は海へ来た。
 潮風に吹かれ、寄せては返す波を見ているとだんだん落ち着いてくる。できるだけ何も考えないようにしようとするがそれはちょっと無理なようだ。でも、爽快で悪くない気分だ。
 深々と深呼吸をすると重苦しさが吐きだされていくようだ。

 「やっぱり来てよかった。」

 なぜか旧懐の念が沸き起こってくる。

 足跡一つない向こうまでつづく砂浜を走ったあの夏。
 はたちのあの夏に帰りたい。
 もう一度燃える夏を抱きしめたい。
 いてもたっても居られぬどうしようもない衝動。帰るはずもないのに。

 でも気分はますますよくなる。
 
 もう一度深呼吸し、堤防のほうへ向かって歩き出す。堤防の上に立ち浜を見ると私の足跡のみが海に向かってつづいている。

 伊勢物語の一節の和歌を思い浮かべて口にする。

 いとどとしく 過ぎゆく方の 恋しきに うらやましくも かへる浪かな